1912-1925

リンゴット工場の建設

1916年、ジャコモ・マッテ・トゥルッコが設計したヨーロッパ最大規模を誇るリンゴット自動車工場の建設が始まる。5階建てで屋上に先進のテストコースまで備えるこの生産工場はイタリア自動車産業の発展の象徴とされ、1922年に完成した。

新分野への進出

フィアットは自動車事業を拡大する一方、鉄鋼や鉄道、電気、公共交通分野にも事業範囲を広げていく。その中のひとつで油脂類を扱うフィアット・ルブリフィキャンティが設立され、その初の子会社がロシアで開業する。第一次世界大戦が勃発すると、生産活動のほぼ全てが軍用装備の供給に向けられた。

第一次世界大戦後による危機とそこからの回復

第一次世界大戦後、変革と危機が繰り返されるが、1923年にはコスト削減策が功を奏して、成長軌道に戻る。ジョバンニ・アニエッリがCEOに就任し、多くのモデルを市場に投入する。その中にはフィアット初の4人乗り自動車となる「フィアット 509」なども含まれた。

会社の発展

当時、フィアットは高額だった自動車の価格を抑える唯一の方法として、大量生産の方針を掲げた。消費が上向きになると、持株会社サーヴァを設立し、自動車の分割購入プログラムの促進を図った。

会社の福利厚生を強化

この時期、フィアットの会社組織は大きな成長を遂げる。社員の健康維持のための設備や専門学校、スポーツクラブなど、福利厚生の施設が数多く作られた。

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フィアットとアバルト、その関係を紐解く